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houza logo副住職の法話

  1. ふすま越しの念仏
  2. 生きる ~詩の世界~
  3. 仏さまになるんやで
  4. ペットの死を通して
  5. 素敵に年を重ねる

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中川大城 副住職

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素敵に年を重ねる

『本願寺新報』 2005(平成17)年1月10日号掲載
中川 大城(なかがわ おおき)

両岸2キロに咲き競う桜

高田川の桜写真 奈良県大和高田市の中心を流れる「高田川」という川をご存じでしょうか?ほおをなぞる風が和らぐ頃、川の両岸二キロに植えられた桜が競うように花を咲かせ、人びとの憩いの場となります。寒さのきびしい今の時期は川のほとりに人影は少なく、桜の並木も寒そうに春の訪れを待っています。

高田川の桜は、川沿いに車を走らせながら一千本もの桜を見ることができるので、渋滞すら心地よく感じたことを覚えています。桜を見ると私は、祖母と母との三人で花見に行ったことを、つい先日の事のように思い出します。「よう連れってくれたな。ありがとうな、ありがとうな」と手を合わせて、祖母は満開の桜を見ていました。七十歳から八十五歳にかけての三度の骨折は、祖母から足の自由を奪ってしまいました。寝たきりとなった祖母を、家族は一生懸命介護しました。特に母がその中心でしたが、私はその姿をただ「大変だな」と見ているだけでした。

不思議なほどに優しい

ある日、母が「あんた、おばあちゃんの生きてはる姿をしっかり見ときや。誰でも年をとっていくねんで。みんな同じやと教えてくれてはるんよ」と言いました。三十一歳の私は今まで「老い」のつらさを何も考えずに生きてきました。母の言葉は「老い」と直面した祖母の生きざまに何を学ぶのかということを問われたように感じました。しばらくして祖母は、春を待たずに亡くなりました。今思えば、毎日寝たきりの厳しい生活でしたが、祖母なりに一日一日を精いっぱい生き抜いてくれたように思います。長期に渡る入院生活で寝たきりとなり、ベッドの上で身動きもとれず、さぞかしつらかったに違いありません。しかし、いつもほほ笑んで「よう来てくれたな」と私たちを迎えてくれました。

あのやさしさはどこから出てくるのかと不思議でしたが、最近になって祖母が短冊に残した一首の俳句を思い出したのです。

 あみださま
 よりどころなり
 老いの春

祖母は何を依りどころとして生きていたのか、何をよろこびとして人生を送ったのかをその句を通して知らされました。祖母にとっては阿弥陀さまこそが依りどころであり、だからこそ「老い」という厳しい現実にも、心に「春」といただける世界が用意されていたに違いありません。

すべてを雪で覆い隠してしまう厳しい冬であっても、ほのかに感じるお浄土の暖かさを「春」と表現したのではないでしょうか。阿弥陀さまに出遇(あ)った人生だからこそ素敵に年を重ねることができたのだと思います。

念仏と共に満開の人生

親鸞聖人は

 本願力にあひぬれば
 むなしくすぐるひとぞなき
 功徳の宝海みちみちて
 煩悩の濁水(じょくすい)へだてなし
(註釈版聖典580頁)

とお示しくださっています。

私を仏とするはたらきは、「あなたの人生を決して空(むな)しくは過ごさせない」と、阿弥陀さまのご苦労はひとえに私一人の為であり、お浄土へと向かうまことの人生を送らせたいとすでにはたらいてくださっているのです。

笑顔で老いていった祖母は、なかなか念仏の出ない私に、お救いの素晴らしさを教えてくれました。私もまた諸行無常のことわりの中、亡き人を通して仏法に出遇い、決して移り変わらない確かな依りどころを聴き抜いてまいりたいと思います。

あの日、高田川の桜を見て手を合わせていた祖母は、「もう次の桜は見れないかも知れない」と感じていたのかも知れません。私が何歳であったとしても、そう長く生きられないと受け止めるべきなのでありましょう。祖母の姿は無くとも、笑顔は私の心に焼き付いています。桜の香りに満ち満ちて、お念仏の香りに満ち満ちて、あの川沿いに咲く千本の桜のように、私も満開の人生を送りたいと思います。